ポイント:
- ハーフホイスラー熱電材料※1の高性能化メカニズムを、構造と電子状態の両面から解明
- 短距離秩序(SRO)※2が準安定固溶体の安定性を高める機構を解明
- 短距離秩序を積極的に利用する新たな材料設計原理を提案し、熱電材料に加え、半導体、磁性材料、触媒など、幅広い機能性材料への展開に期待
名古屋工業大学物理工学類の宮崎秀俊准教授、産業技術総合研究所の三上祐史主任研究員らの研究グループは、大型放射光施設SPring-8を利用した放射光X線回折(SR-XRD)※3および硬X線光電子分光(HAXPES)※4と、第一原理計算(DFT)※5を組み合わせることにより、ハーフホイスラー(Ti,Hf)NiSn熱電材料の高性能化メカニズムを、構造と電子状態の両面から解明しました。
これまで、準安定固溶体の形成は、主に急速焼結によって相分離が抑制される非平衡プロセスとして説明されてきました。本研究では、原子が完全にランダムに配列しているのではなく、短距離秩序と呼ばれる局所的な規則配列が自発的に形成されることで、ランダムな原子配列に比べてエネルギーが低下し、準安定固溶体の安定性が高まることを明らかにしました。
さらに、チタン(Ti)とハフニウム(Hf)の混在に伴う局所的な格子歪が熱伝導を抑える一方、Hf置換によるNi格子間欠陥の減少と電子状態の変化が発電特性を向上させることを示しました。これらの構造と電子状態の効果が協調的に働くことで、高い熱電変換性能が発現することが分かりました。
本研究成果は、元素の種類や組成だけでなく、原子の局所的な並び方である短距離秩序を利用した新たな材料設計指針を提示するものであり、熱電材料に加え、半導体や磁性材料、触媒など、幅広い機能性材料の設計・開発への応用が期待されます。
本研究成果は、2026年7月28日に、材料科学分野を代表する国際学術誌「Acta Materialia」にオンライン掲載されました。

論文情報:
論文名:Structural and Electronic Origins of Enhanced Thermoelectric Performance in Metastable p-type TiNiSn–HfNiSn Solid Solutions
著者名:Takumi Seido, Hidetoshi Miyazaki, Ryusei Inden, Yoichi Nishino, Masashi Mikami
掲載雑誌名:Acta Materialia
公表日:2026年7月28日
DOI:https://doi.org/10.1016/j.actamat.2026.122605
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1359645426007056
【研究の背景】
工場や自動車などから排出される廃熱を電気に変換して有効利用する熱電変換材料は、脱炭素社会の実現に向けた重要なエネルギー材料です。熱電発電では、材料の両端に温度差を与えることで電気を生み出します(図1)。例えば、自動車のエンジンや排気系から放出される熱を熱電モジュールに与えて発電し、得られた電力を車載機器やバッテリーに利用することが期待されています。
一方、高性能な熱電材料には、熱を伝えにくくしながら電気は流れやすくするという、相反する特性の両立が求められます。一般に、原子の配列に乱れを導入すると、熱の担い手である格子振動を散乱して熱伝導率を低下させることができますが、同時に電気を運ぶキャリアも散乱され、電気伝導性が低下する場合があります。このため、熱伝導率を低く抑えながら、高い電気的性能を維持する材料設計が重要な課題となっています。

図1 熱電発電技術の仕組み。熱電変換材料の高温側と低温側に温度差を与えることで電圧が生じ、電気エネルギーを取り出すことができる。
ハーフホイスラー化合物は、中高温域で高い熱電性能を示す有望な材料として注目されています。本研究で対象としたp型Ti₁₋ₓHfₓNi₀.₈Co₀.₂Sn(TiNiSn–HfNiSn系)について、産業技術総合研究所の三上主任研究員らのグループは、固相反応による合金粉末合成と急速焼結を用いることで、通常は固溶しにくい組成域においても均質な固溶体を作製できることを報告しています。さらに、Hfを導入することにより、熱伝導率が低下すると同時にゼーベック係数が増大し、熱電性能が大きく向上することも明らかにされています(参考文献1)。すなわち、熱を伝えにくくしながら大きな電圧を発生するという、熱電材料に望ましい特性が同時に実現される材料です。一方、TiNiSn–HfNiSn系には「ミッシビリティギャップ(固溶しにくい領域)」が存在します。そのため、熱力学的には不安定と考えられる材料が、なぜ均質な状態を保って存在できるのか、また、なぜ低い熱伝導率と優れた電気的特性を同時に示すのかという根本的な疑問は、未解決のままでした。
【研究の内容・成果】
本研究グループは、大型放射光施設SPring-8(BL02B2、BL19B2、BL09XU)において、放射光X線回折(SR-XRD)および硬X線光電子分光(HAXPES)による測定を行うとともに、分子科学研究所のスーパーコンピューターを用いた第一原理計算により、準安定固溶体の形成と高い熱電性能の発現メカニズムを詳細に解析しました。SR-XRDでは、Hfを導入しても均一な固溶体が形成されることと、組成に伴う格子状態の変化を確認しました。また、HAXPESではHf置換に伴って価電子帯の電子状態が系統的に変化することを観測しました。これらの実験結果を第一原理計算と照合することで、原子配列、格子歪、欠陥および電子状態が熱電性能に与える影響を解析しました。その結果、以下のことを明らかにしました。
- 急速焼結によって巨視的な相分離が抑制されることに加え、原子が局所的に規則配列する短距離秩序の形成によって内部の弾性エネルギーが低下し、準安定固溶体の安定性が高まること(図2)
- TiとHfの混在によって生じる原子質量と局所的な格子歪の揺らぎが、熱の担い手であるフォノンを強く散乱し、熱伝導率を低下させること(図3左)
- Hf置換によって、電子を供給するNi格子間欠陥が減少し、フェルミ準位が価電子帯の急峻な状態密度の領域へ移動することで、ゼーベック係数が向上し、高い熱電変換性能の発現に寄与すること(図3右)

図2 短距離秩序による準安定固溶体の安定化。第一原理計算により、原子の並び方によって構造の安定性が変化することを示した。上図は短距離秩序の程度と構造のエネルギーの関係を示しており、丸で囲んだ点は計算で得られた最も安定な原子配列を示す。下図は、それぞれの丸で囲んだ点に対応する原子配列を示している。短距離秩序を持つ原子配列ではエネルギーが低く、安定な構造となることが分かる。

図3 高い熱電変換性能を生み出す2つの要因。格子歪の揺らぎによる熱伝導率の低下と、欠陥・電子状態の制御による発電特性の向上を示す。
これらの結果から、本材料の高い熱電性能は、短距離秩序による準安定構造の安定化、合金化に伴う格子歪による熱伝導の抑制、ならびに欠陥制御による電子状態の最適化が協調的に働くことによって発現することを示しました。したがって、原子の種類や組成だけでなく、原子の局所的な並び方と欠陥状態を同時に制御することが、高性能熱電材料の新たな設計指針となります。
【社会的な意義と今後の展望】
これまでの材料開発では、主として構成元素の種類や組成を最適化することが設計指針とされてきました。本研究は、元素の種類や組成に加えて、短距離秩序による準安定構造の安定化、合金化に伴う格子歪、欠陥状態を一体的に制御することが、高性能熱電材料の有効な設計指針となることを示しました。短距離秩序を活用することで、熱を伝えにくくしながら優れた電気的特性を維持する材料や、従来は相分離すると考えられていた組成を均一な材料として安定化できる可能性があります。これにより、廃熱を効率的に電力へ変換する高性能熱電材料の開発が加速し、工場や自動車などで利用されずに捨てられている熱エネルギーの有効活用への貢献が期待されます。
また、短距離秩序は熱電材料に限らず、半導体、磁性材料、触媒、水素関連材料など、幅広い機能性材料の安定性や物性にも関係します。そのため、本研究で示した「原子の並び方を設計する」という考え方は、多様な機能性材料の開発へ展開できる可能性があります。
今後は、中性子散乱によって熱を運ぶ格子振動(フォノン)の状態を直接調べ、放射光によって局所構造や電子状態を観測するとともに、第一原理計算とAI・機械学習を用いて、短距離秩序の形成と材料性能の関係を予測します。これにより、短距離秩序を「観測する」だけでなく、狙って形成・制御する材料設計へと発展させます。
【参考文献】
M. Mikami, H. Miyazaki, Y. Nishino, Appl. Phys. Lett. 126, 133903 (2025)
【研究支援】
本研究は、以下の研究施設・研究費および助成を受けて実施されました。
- 大型放射光施設SPring-8における放射光X線回折実験
BL02B2およびBL19B2
(課題番号:2022A1544、2023B1901、2024A1577、2024A1578、2024B1672) - 大型放射光施設SPring-8における硬X線光電子分光実験
BL09XU
(課題番号:2019B1644、2022A1546、2022B1665、2023A1928、2023B1904、2024A1578) - 日本学術振興会 科学研究費助成事業
基盤研究(C)(課題番号:JP23K04358)
基盤研究(B)(課題番号:JP24K01146) - 自然科学研究機構 分子科学研究所 計算科学研究センター
(課題番号:25-IMS-C338、26-IMS-C072) - 公益財団法人 内藤記念科学振興財団
- 公益財団法人 日本板硝子材料工学助成会
- 公益財団法人 永井科学技術財団
- 公益社団法人 日本金属学会
- 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
クリーンエネルギー分野における革新的技術の国際共同研究開発事業「革新的高性能熱電発電デバイスと高度評価技術の国際共同研究開発」(事業番号:JPNP20005)
【用語解説】
※1.ハーフホイスラー熱電材料
ハーフホイスラー構造と呼ばれる結晶構造を持つ熱電材料の一種。熱を電気に変換する性能が高く、耐熱性や機械的強度に優れることから、工場や自動車などから排出される未利用熱を電力として回収する廃熱発電への応用が期待されている。
※2.短距離秩序(SRO)
固溶体では原子は一般にランダムに配列していると考えられているが、実際には数個の原子程度の範囲では、特定の元素同士が近づきやすい、あるいは離れやすいという局所的な規則性が存在する。このような局所的な原子配列を短距離秩序(SRO)と呼ぶ。短距離秩序は材料の安定性や電子状態、熱の伝わり方に大きな影響を与えることが近年注目されている。
※3.放射光X線回折(SR-XRD)
放射光施設で発生させた非常に高輝度なX線を用いて、結晶構造を高精度に解析する手法。通常の実験室X線では検出が難しいわずかな格子歪や結晶構造の変化を高精度に測定することができる。
※4.硬X線光電子分光(HAXPES)
高エネルギーの硬X線を照射して放出される電子を測定することで、材料内部の電子状態や化学結合状態を調べる分析手法。通常の光電子分光よりも数十ナノメートル程度深い領域まで分析できるため、材料内部の電子構造を高精度に評価できる。
※5.第一原理計算(DFT)
量子力学に基づき、経験的なパラメータを用いずに原子や電子の振る舞いを計算するシミュレーション手法。材料の安定性や電子状態、原子配列などを理論的に予測することができ、新材料設計に広く利用されている。
発表者・問い合わせ先など:
<研究に関すること>
名古屋工業大学 物理工学類
准教授 宮崎 秀俊
産業技術総合研究所 マルチマテリアル研究部門
主任研究員 三上 祐史
<広報に関すること>
名古屋工業大学 企画広報課
TEL:052-735-5647
E-mail:pr[at]adm.nitech.ac.jp
産業技術総合研究所 ブランディング・広報部 報道室
E-mail:hodo-ml[at]aist.go.jp