ポイント:
- 本来高温でのみ安定なα-Li₃PS₄が、急昇温により合成・急冷で保持できる理由を解明。
- α相は表面エネルギーが極めて低く、ナノサイズ領域において中温度域で熱力学的に安定化。
- 理論と実験を統合した時間-温度-変態図(TTT図)を構築し、準安定相の理論的創出指針を提示。
北海道大学大学院工学研究院の三浦 章教授、藤井雄太助教、忠永清治教授、ミシガン大学材料科学工学科博士課程のベクウヒョン氏、同大学材料科学工学科のスンウェンハオ助教、大阪公立大学大学院工学研究科の森 茂生教授、作田 敦准教授、丁 炯特任研究員、大阪公立大学大学院工学研究科及び東北大学金属材料研究所の林 晃敏教授、東京都立大学理学研究科の水口佳一教授、広島大学大学院先進理工系科学研究科の森吉千佳子教授、高輝度光科学研究センター(JASRI)の河口彰吾主幹研究員らの研究グループは、次世代全固体電池※1の固体電解質※2材料「Li₃PS₄」において、最も高いリチウムイオン伝導度を持つ高温相(α-Li₃PS₄)が、なぜ急昇温プロセスによって合成できるのかという謎を解明しました。
Li₃PS₄のα相は480℃以上の高温でのみ熱力学的に安定であり、室温へ冷却するとイオン伝導度の低いγ相へ相転移してしまいます。しかし近年、ガラスの前駆体を急速加熱(急昇温)することでα相が生成し、さらに室温に急冷保持(クエンチ※3)できることが報告されていました。
研究グループは、第一原理計算※4と、大型放射光施設SPring-8※5のビームラインBL13XUを用いた高時間分解能のin-situ X線回折実験を組み合わせ、急昇温によりナノサイズのα相の優先的な核生成※6が中温度域で引き起こされ、短い保持時間によって結晶成長を抑制することが、準安定なα相を選択的に合成・保持できる理由であることを突き止めました。本成果は、準安定材料を狙って合成するための合理的な材料設計指針を提供するものです。
なお、本研究成果は、2026年8月22日(土)公開のNature Communications誌にオンライン掲載されました。
論文情報:
論文名 Time-Temperature-Transformation Diagrams to Navigate the Nucleation and Quenchability of Metastable α-Li₃PS₄(準安定α-Li₃PS₄の核生成と急冷性を探るための時間-温度-変態図)
三浦 章1、Woohyeon Baek2、藤井雄太1、忠永清治1、Rana Hossain1、山下愛智3、水口佳一3、森吉千佳子4、小林慎太郎5、河口彰吾5、丁 炯6、森 茂生6、作田 敦6、林 晃敏6,7、Wenhao Sun2
(1北海道大学大学院工学研究院、2ミシガン大学材料科学工学科、3東京都立大学理学研究科、4広島大学大学院先進理工系科学研究科、5高輝度光科学研究センター、6大阪公立大学大学院工学研究科、7東北大学金属材料研究所)
雑誌名 Nature Communications(英国の総合科学誌)
DOI 10.1038/s41467-026-76661-7

Li₃PS₄多形※7体の合成経路を描いた時間-温度-変態(TTT)図
【背景】
全固体電池の実用化に向けて、リチウムイオン伝導性の高い固体電解質の開発が急務となっています。硫化物固体電解質である「Li₃PS₄」には同じ組成でも結晶構造が異なる多形3種類が存在し、高温相である「α相」が高いイオン伝導度を示します。
しかし、α相のバルク(通常の結晶)は480℃以上でしか熱力学的に安定ではなく、通常は室温に冷却する過程で室温での安定相(γ相)へと変化してしまいます。ところが近年、アモルファス前駆体を比較的低温(300〜350℃)で急速加熱(400℃/分など)し、すぐに急冷することで、室温でもα相を準安定状態として保持できることが発見されました。一方、ゆっくり加熱すると中温相のβ相が生成します。
「なぜ、高温でしか安定しないはずのα相が低温領域で合成でき、かつ室温でその不安定な状態を凍結できるのか?」——このパラドックスの論理的な理解が求められていました。
【研究手法及び研究成果】
研究グループは、計算科学と最先端の実験を組み合わせることで、このパラドックスを熱力学と速度論の両面から解き明かしました。
1)ナノサイズでの安定性の逆転
第一原理計算により各相の表面エネルギー※8を算出した結果、α相は他のβ相、γ相に比べて表面エネルギーが最も低く(α: 0.43 J/m²、β: 0.50 J/m²、γ: 0.58 J/m²)、ナノ粒子においては最も熱力学的に安定化し、アモルファスからの核生成障壁※9が全温度域で最も低くなることが示されました(図1)。
2)相転移ダイナミクスの実証
大型放射光施設(SPring-8)において、0.5秒という超高時間分解能でのin-situ(その場)X線回折測定※10を実施しました。アモルファス前駆体を急昇温した際、速度論的に有利なα相が瞬時に核生成することを捉えることに成功しました(図2)。
短時間の保持(約10秒)ののち急冷すると、結晶成長が進まないため「ナノサイズのα相」のまま室温に凍結できます。逆に、等温で長時間保持すると、結晶が成長するため、その温度で安定な大きなβ相へと変化してしまうプロセスが実証されました。
3)「時間-温度-変態図(TTT図)※11」の構築
これらの知見を統合し、粒子サイズ(時間)と温度を軸とした包括的な「時間-温度-変態図(TTT図)」を構築しました。金属工学やガラスの分野で実績のあるTTT図ですが、加熱後の解析によって作られているものが大半です。機能性セラミックスにおいて、計算熱力学と最先端高時間分解能測定を統合して構築した本成果は画期的です。
【今後への期待】
本研究で確立された「理論計算(サイズ・温度依存の安定性)と最先端高時間分解能測定(核生成と速度論)の統合的アプローチ」は、全固体電池材料にとどまらず、従来の手法では合成が困難だった新たな準安定機能性材料(ガラスセラミックス、次世代電子部品など)の探索及び最適な合成プロセス設計に対する、強力で汎用的な基盤技術となります。
【謝辞】
本研究の一部は、JST革新的GX技術創出事業(GteX)(JPMJGX23S5)、JST戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR21Q8)、JST先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)(JPMJAP2419)、JSPS科研費JP20KK0124及びJP24K21775、JSPS J-PEAKSプログラム(JPJS00420230001)の補助を受けて行われました。
【参考図】

図1.Li₃PS₄ 多形の計算ウルフ形と、サイズによる多形安定性の変化

図2.Li₃PS₄の核生成、相転移を0.5秒毎で検出した高時間分解X線回折
【用語解説】
※1.全固体電池
従来の液体電解質の代わりに、固体の電解質を用いた二次電池。可燃性の液漏れリスクがなく安全性が高い。
※2.固体電解質
イオン伝導性があるが電子伝導性がない固体のこと。特にLi₃PS₄は、リチウムイオンを運ぶ役割を担う固体電解質の中でもっとも有名なものの一つである。
※3.クエンチ
物質を高温状態から急激に冷却することで、高温での構造や状態を保ったまま室温で保持する手法。
※4.第一原理計算
実験データや経験則に頼らず、量子力学の波動関数を計算することで、物質の電子状態やエネルギーをコンピュータ上で正確に予測・計算する手法。
※5.SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※6.核生成
前駆体(アモルファスなど)から新しい結晶相が生まれる最初の過程のこと。
※7.多形
化学組成は同じでも、原子の配列(結晶構造)が異なる結晶。Li₃PS₄にはα相(高温相)、β相(中温相)、γ相(低温相)が存在する。
※8.表面エネルギー
物質の表面を形成するために必要なエネルギー。粒子がナノサイズになると、体積に対する表面積の割合が極めて大きくなるため、バルク(通常の結晶)では不安定な相であっても、表面エネルギーが低い相のほうが全体として安定になることがある。
※9.核生成障壁
核生成の際に乗り越えなければならないエネルギーの壁のこと。
※10.in-situ(その場)X線回折測定
物質を加熱・冷却しながら、その変化が起きている「その場」でX線を照射し、結晶構造のリアルタイムな変化を観測する手法。本研究では大型放射光施設(SPring-8)の極めて強力なX線を利用し、0.5秒という高時間分解能で測定を行った。
※11.時間-温度-変態図(TTT図)
特定の温度で、時間・温度を変えた際に物質の構造(相)がどのように変化するかを表した図。欲しい材料を得るための「合成プロセスの究極設計図」ともいえる。
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北海道大学大学院工学研究院 教授 三浦 章(みうらあきら)
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