X線と近赤外光を組み合わせたライトシート顕微鏡を開発
-透明化処理を省いて脳深部の血管の可視化に成功-

理化学研究所
東京理科大学
藤田医科大学

【概要】

理化学研究所(理研)光量子工学研究センター画像情報処理研究チームの横田秀夫チームディレクター、放射光科学研究センター放射光イメージング利用システム開発チームの香村芳樹チームリーダー、東京理科大学先進工学部機能デザイン工学科の曽我公平教授、藤田医科大学オープンファシリティセンター生体画像解析室の髙橋泰伽特任講師らの共同研究グループは、X線ライトシート顕微鏡「MAXWELL(マクスウェル)」※1に近赤外光(NIR)※2の検出を組み合わせた「NIR-MAXWELL」を開発しました。摘出・固定したマウス脳を用い、透明化処理※3を行わずに、より深い位置の血管を可視化することに成功しました。
本研究成果は、生体組織内部の血管の分布やつながりを立体的に調べる新たな観察技術として、脳組織の構造や、病気に伴う変化の理解に貢献すると期待されます。
本成果の鍵は、組織を透過しやすいX線で内部の蛍光体※4を光らせ、そこから発せられる近赤外光を捉えることです。一般に、近赤外光は可視光よりも組織内で散乱されにくい性質があります。今回の撮影・解析条件では、血管構造の撮影深度を、可視光検出の300マイクロメートル(µm、1µmは100万分の1メートル)から約2.7倍へ、透明化の処理を介さずに脳組織の観察範囲を、より深い領域へ広げることに成功しました。
本研究は、科学雑誌『Scientific Reports』(9月19日付)に掲載されました。

論文情報:

タイトル:Observation of near-infrared fluorescence from within biological specimens using X-ray light-sheet microscopy for deep-tissue imaging
著者名:Taiga Takahashi, Minori Niiya, Takeshi Shimada, Sakiko Nakamura, Hidekazu Takano, Yoshiki Kohmura, Hideo Yokota, Kohei Soga
雑誌:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-026-71758-x

【背景】

脳には無数の血管が張り巡らされ、酸素や栄養の供給、老廃物の除去を通じて、その働きを支えています。この複雑な血管ネットワークの分布やつながりを立体的に捉えることは、脳の機能や病気に伴う変化を理解する上で重要です。
脳内部の血管ネットワーク分布などを3次元的に観察する技術は、脳組織を透明化する技術と、ライトシート顕微鏡を用いた蛍光3次元イメージングがあります。
脳組織を透明化する技術は、光の散乱が抑えられ、深い位置にある血管や細胞の構造を立体的に観察しやすくなりますが、観察前において試料の透明化処理に時間や手間がかかる上に、処理方法によっては組織が膨張・収縮してしまい観察結果に影響を及ぼす難点があります。
一方、ライトシート顕微鏡を用いた蛍光3次元イメージングは、薄いシート状の光(ライトシート光)で試料の断面を照らして蛍光体を光らせて、この可視光領域の光を捉えた断面画像を重ね合わせることで、組織内部の構造を立体的に描き出します。香村チームリーダーらは2022年、ライトシート光に大型放射光施設「SPring-8」※5のX線を用いたX線ライトシート顕微鏡「MAXWELL」を開発しました注)。組織を透過しやすいX線の特性を生かし、組織内部の狙った断面で蛍光体を光らせて観察する技術で、試料の厚さが数十μm程度以上の場合は透明化処理が必要ですが、それよりも薄い場合、透明化処理は不要です。
一方、MAXWELLで、組織の奥を観察するためには、蛍光体から発する光がカメラまで届くことも重要です。そこで、共同研究グループは、組織内で散乱されにくい近赤外光に着目し、X線ライトシート光による蛍光体の発光と近赤外光による検出を組み合わせて、組織内部のより深い位置の構造を捉える技術開発に挑みました。

注)2022年6月14日プレスリリース「X線ライトシート顕微鏡」
https://www.riken.jp/press/2022/20220614_3/

【研究手法と成果】

近赤外光の検出による「NIR-MAXWELL」の実現に向けて、共同研究グループはまず、X線を当てると近赤外光を発する希土類元素入りのセラミックス蛍光体を検討しました。材料の種類や元素の配合を比較・探索し、今回の測定条件で強い近赤外信号が得られる材料として、イッテルビウム(Yb)とエルビウム(Er)を添加した酸化イットリウム(Y2O3)を選定しました。
次に、この蛍光体を混ぜたシリコーン樹脂をマウスの脳血管に充填(じゅうてん)し、脳を摘出・固定して試料として、X線ライトシート顕微鏡により血管の立体的な分布を捉えました。
同じ脳試料について、可視光検出と近赤外光検出で得られた画像を同じ解析手順で評価しました。今回の撮影・解析条件では、連続した血管構造を確認できた深さが、可視光検出で脳表面から300µmだったのに対し、近赤外光検出では800µmとなりました(図1)。観察可能な深さは、近赤外線検出で可視光検出と比べ約2.7倍に広がり、透明化処理をしていない脳組織で、より深い位置の血管構造を描き出すことに成功しました。

図1 近赤外光の検出で拡大した脳血管の観察深度

図1 近赤外光の検出で拡大した脳血管の観察深度

透明化処理を行っていない同一の摘出・固定したマウス脳試料について、可視光(左)と近赤外光(右)で血管を捉えた深さ方向を含む投影像。破線は、同じ解析基準で連続した血管構造を確認できた深さを示す。

さらに、蛍光体を含む針状の模型を別の摘出・固定マウス脳に挿入した実験で比較したところ、近赤外光検出では可視光検出よりも発光像の横方向への広がりが小さいことを確認しました。この検証結果は、近赤外光で、生体組織の内部にある発光源の位置を、より鮮明に高い精度で検出できる可能性を示しています。
血管の観察と模型による検証を通じて、X線で組織内部を照らし、近赤外光で発光の分布を捉える組み合わせが、深部の立体観察に有効であることを示しました。

【今後の期待】

本研究は、X線の高い透過力に近赤外光の散乱されにくい性質を組み合わせることで、透明化していない生体組織の3次元観察を、より深い領域へ広げられることを示しました。NIR-MAXWELLは、脳血管ネットワークの分布やつながりを調べ、脳の構造や病気に伴う変化を理解するための基礎研究に、新たな観察手段を提供すると期待されます。
今後は、X線でさらに明るく光る蛍光体の開発に加え、組織内での光の伝わり方を踏まえた発光波長の選択や、カメラの検出感度の向上を進めます。蛍光体と観察系を一体として改良し、観察できる深さと範囲の拡大、撮影時間の短縮を目指します。これにより、脳をはじめとする生体組織の3次元構造を調べる研究への応用を広げていきます。

【共同研究グループ】

理化学研究所
 光量子工学研究センター 画像情報処理研究チーム
  チームディレクター 横田秀夫(ヨコタ・ヒデオ)
  テクニカルスタッフⅠ 中村佐紀子(ナカムラ・サキコ)
 放射光科学研究センター 放射光イメージング利用システム開発チーム
  チームリーダー 香村芳樹(コウムラ・ヨシキ)
 エンジニアリングチーム
  上級テクニカルスタッフ 髙野秀和(タカノ・ヒデカズ)

東京理科大学 先進工学部 機能デザイン工学科
  教授 曽我公平(ソガ・コウヘイ)
  大学院生 新谷美紀(ニイヤ・ミノリ)
  大学院生 島田健史(シマダ・タケシ)

藤田医科大学 オープンファシリティセンター 生体画像解析室
  特任講師 髙橋泰伽(タカハシ・タイガ)

【研究支援】

本研究は、理研ビームラインBL29XUを利用し、理研光量子工学研究センターの技術支援部門などの協力を得て実施し、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「X線格子顕微鏡を用いた高解像度・極低ノイズの三次元イメージング(研究代表者:香村芳樹、JP25K03400)」等による助成を受けて行われました。


【用語解説】

※1.X線ライトシート顕微鏡「MAXWELL(マクスウェル)」
薄いシート状のX線で試料内の蛍光体(※4参照)を光らせ、そのシート面に対して垂直な方向から発光の画像を撮影する顕微鏡。試料の位置を変えながら断面画像を取得することで、内部の構造を立体的に捉える。MAXWELLは、Microscopy by Achromatic X-rays With Emission of Laminar Lightの略。本研究では、近赤外光(※2参照)検出を組み合わせた方式をNIR-MAXWELLと呼ぶ。

※2.近赤外光(NIR)
可視光の赤色よりも波長が長く、一般に可視光よりも生体組織内で散乱されにくく、組織内部から発せられる光を捉えるために利用される。人の目には見えない光。NIRはNear-Infraredの略。

※3.透明化処理
生体組織内で光が散乱する原因を減らし、光を通りやすくする処理。組織内部を光で観察しやすくするために用いられる。本研究では、摘出・固定したマウス脳を、透明化処理を行わずに観察した。

※4.蛍光体
外からエネルギーを吸収し、光として発する材料の総称。エネルギーには、紫外線や電子線などがある。本研究では、希土類元素のイッテルビウムとエルビウムを添加した酸化イットリウムの粒子を用い、X線を当てて発光させた。

※5.大型放射光施設「SPring-8」
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援などは高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8に由来する。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。本研究では、理研のビームラインBL29XUで得られるX線を用いた。


発表者・機関窓口:

<発表者>
※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所
光量子工学研究センター 画像情報処理研究チーム
チームディレクター 横田秀夫(ヨコタ・ヒデオ)
放射光科学研究センター 放射光イメージング利用システム開発チーム
チームリーダー 香村芳樹(コウムラ・ヨシキ)

東京理科大学 先進工学部 機能デザイン工学科
教授 曽我公平(ソガ・コウヘイ)

藤田医科大学 オープンファシリティセンター 生体画像解析室
特任講師 髙橋泰伽(タカハシ・タイガ)

<機関窓口>
理化学研究所 広報部 報道担当
Tel: 050-3495-0247
Email: ex-press[at]ml.riken.jp

東京理科大学 広報課
Tel: 03-5228-8107
Email: koho[at]admin.tus.ac.jp

藤田医科大学 広報部
Tel: 0562-93-2492
Email: koho-pr[at]fujita-hu.ac.jp