世界で初めてX線レーザー照射による固体からのテラヘルツ波放射を観測
~X線の差周波過程を世界で初めて実証~

高輝度光科学研究センター
理化学研究所

【概要】

高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室の貴田徳明主幹研究員(理化学研究所放射光科学研究センター客員研究員)、理化学研究所放射光科学研究センターの澤田桂高度研究支援専門職らは、X線自由電子レーザー(XFEL)※1施設SACLA※2を用いて、X線レーザー照射による固体からのテラヘルツ波放射※3の観測に世界で初めて成功しました。さらに、この現象が、周波数の異なる二つのX線から、その周波数の差に相当する新しい光が生じる「差周波発生」と呼ばれる非線形光学効果に由来することを明らかにし、X線からテラヘルツ波への約1億分の1の光周波数変換を実証しました。

差周波発生は、可視光や近赤外光の領域では広く利用されている一方、X線領域では長年にわたり探索されてきたものの、これまで観測されていませんでした。本研究は、テラヘルツ波の観測を通じてX線の差周波発生を初めて実証したものであり、長年の課題を解決する成果です。また、従来は測定が困難であったX線領域の非線形光学効果を、テラヘルツ波の観測を通じて調べる新しい道を切り拓きました。

本研究成果は、非線形光学の基礎学理の理解に貢献するとともに、X線照射によって物質内部に生じる超高速な分極変化を、放射されるテラヘルツ波から読み解く新しい計測手法の開発につながることが期待されます。将来的には、元素や電子状態を選択したX線励起と組み合わせることで、半導体だけでなく磁性体やトポロジカル物質など、様々な量子物質の物性解明への応用が期待されます。

今回の研究成果は、国際科学雑誌「Nature Communications」に掲載が決まり、10月20日にearly-access versionが公開されました。

論文情報:

題名:Terahertz emission by X-ray difference-frequency generation
日本語訳:X線差周波過程によるテラヘルツ波放射
著者:N. Kida, T. Togashi, K. Tono, Y. Ikemoto, and K. Sawada
ジャーナル名:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-026-78823-z

【研究の背景】

X線自由電子レーザー(XFEL)の稼働開始以来、その高輝度かつ高時間分解能を利用したX線の非線形光学効果の研究が進められてきました。特に注目されてきたのが、X線の電場の2乗に比例する分極が固体中に生じる「二次非線形光学効果」です。その代表例として、X線と近赤外レーザーの周波数の和に相当する光を発生させる「和周波発生」(参考文献[1])や、X線の周波数を2倍にする「第2高調波発生」(参考文献[2])が挙げられます。これらの現象は、LCLS(米国)やSACLA(日本)で相次いで観測されました [図1(a)]。このように、XFELの登場は、X線非線形光学という新しい研究分野を切り拓く契機となりました。

一方、主要な二次非線形光学効果の一つである「差周波発生」は、周波数の異なる二つの光から、その周波数の差に相当する新しい光が生じる現象です [図1(b)]。可視光や近赤外光などの光領域では、差周波発生はすでに実現されており、赤外-紫外域の波長変換やイメージングなどに広く利用されてきました。これに対し、X線領域でも10年ほど前から研究が進められてきたものの、入射光と発生する光の位相を揃える条件(位相整合条件)を満たすことが難しく、その観測には至っていませんでした。X線領域での差周波発生の実証は、X線非線形光学における重要な課題であり、その理解を深めるだけでなく、新たな計測技術の開拓にもつながるものと考えられます。

今回、この未観測の「X線の差周波」を実証するため、研究グループではXFEL励起によるテラヘルツ波放射に着目しました。SACLAのXFELは約10 fs(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の極めて短いパルス幅を有しており、約1000 THzの広い周波数幅を持つことが特徴です [図2]。そのため、XFELパルスに含まれる異なる周波数のX線同士で差周波発生が起こり、その低周波成分としてテラヘルツ波が放射されると考えられます [図2]。同様の現象は近赤外レーザー励起では「光整流」として知られ、テラヘルツ波を利用した物性研究に広く応用されてきました(参考文献[3])。

【研究内容と成果】

対象物質は半導体であるZnTeで、テラヘルツから硬X線領域にわたるZnTeの屈折率と吸収特性をSPring-8にて評価し、X線励起によるテラヘルツ波放射の可能性を検討しました。その結果、10 keVのX線励起においても、X線からテラヘルツ波への変換に適した条件が満たされることが分かりました。

そこで、SACLAの10 keV、10 fsのXFELパルスをZnTe単結晶に照射したところ [図3(a)]、固体からのテラヘルツ波放射を世界で初めて観測することに成功しました [図3(b)]。これにより、10 keVのX線からテラヘルツ領域への約1億分の1の光周波数変換を実証しました。さらに、テラヘルツ波放射強度の結晶方位依存性、XFELの強度依存性および偏光特性を系統的に測定し、観測されたテラヘルツ波がX線の差周波過程(二次非線形光学効果)によって発生していることを確認しました [図3(c)]。加えて、結晶方位依存性の解析から、X線の差周波発生には、結晶の対称性に依存する成分と、依存しない成分の二つが存在することを発見しました [図3(c)]。特に、後者は最大放射強度の70%以上を占めており、X線領域では従来の可視光や近赤外光とは異なる非線形光学応答が生じることが分かりました。

以上の結果から、テラヘルツ波の観測を通じて、これまで未観測であったX線の差周波発生を実証するとともに、X線領域に特有の非線形光学現象の一端を解明することができました。

【今後の展開】

本研究では、XFEL励起によるテラヘルツ波放射を世界で初めて実証し、これまで観測が困難であったX線の差周波を、テラヘルツ波を通じて検出する新しい方法を示しました。この成果は、X線非線形光学のさらなる発展に貢献するものと考えられます。さらに、この現象を新しい計測手法へと発展させることで、X線照射によって生じる物質内部の超高速な分極変化を捉えることが次の目標です。特に、XFELの光子エネルギーを変化させ、特定の元素や電子状態を選択的に励起することで、その応答をテラヘルツ波として検出する新しい分光手法への展開を目指しています。この手法が確立されれば、磁性体やトポロジカル物質を含む様々な量子物質への応用が可能となり、超高速な物性変化の解明に向けた新たな研究の道が開かれます。

【謝辞】

本研究は、JSPS科研費(Grants No. 23H01463、No. 23K26157、No. 23K0327)の支援等により実施されました。X線実験は、SACLAのBL3にて、高輝度光科学研究センター(JASRI)の課題(課題番号 No. 2023A8066、2023B8014)、遠赤外実験は、大型放射光施設SPring-8のBL43IRにて、高輝度光科学研究センター(JASRI)の課題(課題番号 2024A1126、2025A1138)として実施されました。

【参考文献】

[1] T. E. Glover et al., 「X-ray and optical wave mixing」, Nature 488, 603–608 (2012).
 DOI:10.1038/nature11340
[2] S. Shwartz et al., 「X-Ray Second Harmonic Generation」, Physical Review Letters 112, 163901 (2014).
 DOI:10.1103/PhysRevLett.112.163901
[3] 貴田徳明 他「フェムト秒レーザーパルス励起によるテラヘルツ波放射とその物性研究への応用」, 日本物理学会誌 74, 314–324 (2019).
 DOI:10.11316/butsuri.74.5_314

【参考図】

図 1 (a) 和周波、(b) 差周波過程の模式図。

図 1 (a) 和周波、(b) 差周波過程の模式図。

図 2 XFEL照射によるテラヘルツ波放射過程の模式図。

図 2 XFEL照射によるテラヘルツ波放射過程の模式図。

図 3 (a) 実験配置、(b) 検出したテラヘルツ波波形、(c) 角度依存性。丸印は実験データ。

図 3 (a) 実験配置、(b) 検出したテラヘルツ波波形、(c) 角度依存性。丸印は実験データ。実線は、X線の差周波過程によるテラヘルツ波放射モデルによるフィッティング結果。


【用語解説】

※1.X線自由電子レーザー(XFEL)
近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。SPring-8などの従来の放射光源と比較して、10億倍もの高輝度のX線がフェムト秒(1,000兆分の1秒)の時間幅を持つパルス光として出射される。

※2.SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLA(サクラ)と命名された。

※3.テラヘルツ波放射
物質に強い光を照射すると、入射した光の周波数の和や差の周波数を持つ分極などが生じる。このとき、新たに生じた分極と同じ周波数の光が発生する。このうち、差の周波数を持つ分極の時間変化がピコ秒(10-12 s)の時間スケールで生じれば、その逆数(テラヘルツ)の周波数(1012 Hz)を持つ電磁波であるテラヘルツ波が放射される。


発表者・問い合わせ先など:

<研究全般について>
貴田 徳明(キダ ノリアキ)
公益財団法人 高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室 主幹研究員

<報道に関すること>
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人 高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou[at]spring8.or.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail:ex-press[at]ml.riken.jp