次世代放射光源のためのビーム入射用真空チェンバを開発

高輝度光科学研究センター
理化学研究所

【概要】

高輝度光科学研究センター(JASRI)加速器部門の田島美典研究員、理化学研究所(理研)放射光科学研究センターの田中均副センター長らの共同研究グループは、次世代放射光源のための入射用真空チェンバを開発しました。
光源性能の大幅な飛躍を目指す次世代リング型放射光源では、蓄積リング※1を周回するビームの強度を一定に保つトップアップ入射※2が必要です。このとき、ビームの入射に伴って一時的に蓄積ビームが振動すると、ユーザーにとっての輝度の低下を引き起こすため、利用実験に影響を与えない透明なビーム入射が必要です。特に、次世代光源では短いビーム寿命から入射頻度が高くなり、その上ビームサイズが1桁以上小さくなるため、一時的な振動も1桁以上小さくする必要があり、大きな課題となっていました。これを解決する要素技術の一つとなる、ビーム入射用パルス磁石の性能を渦電流によって乱さない、高性能のビーム入射用真空チェンバを新たに開発しました。
研究グループは、大型放射光施設SPring-8※3の大幅な性能向上と電力削減を同時に満たすグリーン大改修※4となるSPring-8-II計画※5 を視野に入れて、ビーム入射用パルス磁石のための真空チェンバを設計し、プロトタイプ機を製作して性能評価を行いました。磁場測定の結果から、SPring-8-IIにおいて、ユーザーにとって透明なトップアップ入射を実現可能な性能を有することが確認されました。SPring-8-II計画において使用する実機の詳細設計は現在進行中です。
本成果は、科学雑誌『Physical Review Accelerators and Beams』のオンライン版(7月9日付)に掲載されました。

論文情報:

タイトル:Ceramic vacuum chamber with a strip-patterned metallic coating to suppress eddy currents for beam injection in next-generation light sources
著者名:M. Tajima, K. Fukami, M. Masaki, T. Ohshima, M. Shoji, S. Takano, K. Tamura, T. Taniuchi, and H. Tanaka
雑誌: Physical Review Accelerators and Beams
DOI:10.1103/vml2-pycy

【背景】

SPring-8を始めとして多くの放射光施設ではオフアクシスビーム入射※6を採用しており、入射の瞬間にパルス的に励磁するキッカーと呼ばれる磁石が用いられます。主に二つの方式があり、偏向磁石型キッカーで一時的に蓄積ビームの軌道を入射ビーム軌道に近づける場合と、蓄積ビーム軌道のすぐ近くからビームを入射するために非線形キッカーと呼ばれるキッカーを用いる場合があります。どちらの方式でも、入射に伴う一時的な蓄積ビームの振動で実効的な輝度を低下させない、つまり、ユーザーにとって透明なトップアップ入射を行う必要があります。このためには、キッカーが発生するパルス磁場を、蓄積ビームを内部で周回させる真空チェンバに流れる渦電流によって乱さないことが非常に重要です。
SPring-8では様々な工夫によって入射時の振動振幅をビームサイズの半分程度に抑制し、ユーザーにとって透明なトップアップ入射の導入を可能にした歴史があります。一方で、SPring-8-II計画に代表される次世代放射光源では、電子ビームのエミッタンス※7を大幅に低減するために蓄積リングにマルチベンドアクロマット(MBA)ラティス※8を採用し、水平ビームサイズが一桁以上小さくなります。これに伴い、透明なトップアップ入射を実現するためには、入射時のビームの振動も一桁以上小さくする必要があります。次世代放射光源における、透明なトップアップ入射を実現するための要素技術の一つとして、より磁場を乱さないビーム入射キッカー用真空チェンバの開発が必要になりました。

【研究手法と成果】

キッカー磁石の真空チェンバには、二つの矛盾する性能が求められます。一つは、パルス励磁された際に渦電流が流れて磁場が乱されるのを防ぐこと。もう一つは、ビームの不安定性を起こさず、ビームの周回による発熱を抑制することです。従来からセラミック製の真空チェンバの内面を薄い金属で一様にコーティングしたものが広く用いられていますが、二つの要求を両立するのは困難でした。
本研究は、従来よりもコーティングの厚みを増やした一方で、コーティングの形状をビームの進行方向に沿った短冊状にすることで、真空チェンバに誘起される渦電流を大きく抑制し、かつ、ビーム不安定性と発熱の抑制も両立させられることを示すものです。コーティングの厚みの精度や均一度への要求も緩和されるため、製作上も有利になります。
今回の開発では、SPring-8-IIで使用されることを想定し、パルス幅4マイクロ秒のサイン半波型の波形で励磁されるキッカー磁場に対して渦電流が及ぼす影響と、蓄積ビームの周回による発熱を計算し、コーティングの幅、厚み、間隔を最適化しました。そして、磁場性能を評価するためのプロトタイプ機を実際に製作しました。図1にプロトタイプ機の断面と磁場測定の様子を示します。テスト用磁石の磁極間ギャップにプロトタイプ機を設置し、チェンバ内部でビームが感じる磁場を、サーチコイルを用いて測定しました。さらに、内面をコーティングしていない場合、チェンバを設置しない場合の測定も行って磁場波形を比較しました。その結果、磁場波形の差は波形全体にわたってピーク磁場の0.1%程度に抑制されており、SPring-8-II計画で要求される性能を満たすことを確認しました。短冊状のコーティング方式は以前から提案され、実装された報告もありますが、パルス励磁された際の渦電流の抑制と、ビームの不安定性ならびに周回による発熱の抑制とを両立させるために、コーティングの幅、厚み、間隔等を最適化したところ、並びに渦電流による磁場の乱れが十分小さいことを定量的に評価したところに新規性があります。

図1 プロトタイプ機の内部(左)と、磁場測定試験の様子(右)

図1 プロトタイプ機の内部(左)と、磁場測定試験の様子(右)

【今後の期待】

稼働開始から20年以上が経過したSPring-8は、次世代光源へ大幅にアップグレードするSPring-8-II計画を進めています。今回の成果により、SPring-8-IIにおいてユーザーの利用実験の妨げとならない透明なトップアップ入射の実現に不可欠な、ビーム入射用真空チェンバの技術が確立されました。SPring-8-IIにおいて使用する実機の詳細設計は現在進行中で、ビームによる発熱についてはコミッショニング中に評価する予定です。


【用語の説明】

※1.蓄積リング
リング型放射光施設では、蓄積リングと呼ばれる大型の円形加速器に電子ビームを蓄積し、光速とほぼ同じ速さで周回させて、放射光を発生させている。

※2.トップアップ入射
蓄積リングを周回するビームの強度(ビーム電流)は時間の経過とともに徐々に減少していく。そこで、微小な電流分の電子を蓄積ビーム電流の減少に応じて間欠的に入射することにより、ほぼ一定のビームの強度を保つことが可能となる。このような継ぎ足し入射をトップアップ入射と呼ぶ。

※3.大型放射光施設「SPring-8」
理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界でもトップクラスの放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援などはJASRIが行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

※4.グリーン、グリーン化
グリーンとは、省エネルギー・省資源で、持続的発展が可能な特性を指し、グリーン化とは、施設やシステムを持続的発展が可能な省エネルギー・省資源な形態に変えていくことを表す。SACLAやSPring-8の利用実験を通じて地球温暖化や天然資源の枯渇などの環境問題に対処するためのイノベーションを創出することで、持続可能な社会の実現に貢献するとともに、施設自体もグリーン化していくことが要請される注1)。
注1)2021年8月23日プレスリリース「SPring-8・SACLA グリーンファシリティ宣言」
https://www.riken.jp/pr/news/2021/20210823_2/

※5.SPring-8-II
SPring-8の大幅な性能向上を目指した次期計画の名称。SPring-8-IIへの大改修では、光源性能向上のため現在の蓄積リングが撤去されて新たな蓄積リングが建設される。

※6.オフアクシスビーム入射
電子ビームを入射する手法の一つ。蓄積されているビームの軌道を狙ってビームを入射すると、蓄積ビームが弾き飛ばされる現象が起こる。これを避けるために、蓄積ビームの軌道から少し離れた場所からビームを入射する方法。入射されたビームは、蓄積ビームの軌道の周りを減衰振動しながら、蓄積ビームと一体化していく。SPring-8では蓄積ビームから10mm以上離れた場所からビームを入射することが可能だが、次世代光源では蓄積ビームのすぐ側(数mm以内)からビームを入射する必要がある。

※7.エミッタンス
ビームの断面積と角度広がりをかけた値で、電子ビームの品質を表す指標の一つ。エミッタンスが大きいと低品質で大きく広がりやすい電子ビーム、エミッタンスが小さいと小さくシャープで良質な電子ビームといえる。単位はnm-radなど。

※8.マルチベンドアクロマット(MBA)ラティス
ラティスとは、放射光リングを構成する磁石の単位構造のことを指し、ラティスが4以上の偏向磁石から構成され、かつラティスの両端でエネルギー分散関数がゼロに閉じる条件を満たす場合をマルチベンドアクロマット(MBA)ラティスと呼ぶ。エミッタンスが偏向磁石の偏向角の3乗に依存するため、回折限界光源と呼ばれる最近の低エミッタンスリングでは、マルチベンドアクロマットラティスが採用されている。MBAはmulti-bend achromatの略。

【共同研究グループ】

高輝度光科学研究センター 加速器部門
 田島 美典 (タジマ・ミノリ)
 深見 健司 (フカミ・ケンジ)
 正木 満博 (マサキ・ミツヒロ)
 大島 隆 (オオシマ・タカシ)
 小路 正純 (ショウジ・マサズミ)
 高野 史郎 (タカノ・シロウ)
 田村 和宏 (タムラ・カズヒロ)
 谷内 努 (タニウチ・ツトム)
理化学研究所 放射光科学研究センター
 田中 均 (タナカ・ヒトシ)



発表者・問い合わせ先など:

<発表者>
高輝度光科学研究センター 加速器部門
 研究員 田島 美典(タジマ・ミノリ)

理化学研究所 放射光科学研究センター
 副センター長 田中 均(タナカ・ヒトシ)

<機関窓口>
高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
Tel: 050-3502-3763
Email: kouhou@spring8.or.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
Tel: 050-3495-0247
Email: ex-press@ml.riken.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
Tel:050-3502-3763
Email:kouhou@spring8.or.jp